top of page

フィロソフィー(哲学)
店主の心の奥底にある、料理と人生に対する向き合い方を記した「野菜家さい」の屋台骨となるカテゴリーです。効率や流行に流されず、自分たちがなぜこの場所で、この一皿を提供し続けるのか。わざわざこの場所まで辿り着いてくださった、店を共に育んでくれる大切な方々へ贈る、飾らない真実の言葉を綴ります。


「お客様は神様である」を肯定する ——八百万の感性が生むもてなしの作法
「お客様は神様である」とは、相手を絶対者として拝金的に崇めることではありません。それは、人と人とが向き合う空間において、互いの中に尊さを見出し、関係性を美しく保とうとする日本固有の「作法」なのです。

osamu N
Jul 213 min read


「なぜか分からないけれど、美味しい」の裏側にあるもの
【前菜ピンチョスセット】 本日も厨房から、明日からの週末営業に向けた仕込みの手を止めて筆を執っています。 明日5日(金)および6日(土)の週末、「初夏の技術」をすべて注ぎ込んだ一皿を仕込んでお待ちしております。 おかげさまで両日とも、残席はわずかとなっております。 今月の「0次回」おまかせコースの幕開けを飾る前菜、ピンチョスセットに、目には見えない職人の手仕事を凝縮させています。 ひとくちで消えてしまう小さなピンチョス。しかしそこには、素材の生命力を際立たせるための緻密な計算があります。 生ハムの薄さ、フルーツの水分量、夏野菜のソースを置く温度。 これらはすべて、お客様に「なぜか分からないけれど、ものすごく美味しい」と感じていただくための、気づかれなくてもいい隠れた技術の積み重ねです。 私たちが目指すのは、飾り立てられた華やかさではなく、徹底的に無駄を削ぎ落とした先にある調和です。 この小さな一粒一粒に仕込んだ技術が、平和酒造様の「杜氏資格保有者シリーズ #5」の柔らかな波長と口の中で合わさったとき、今週末のあなたのディナーは静かに、しかし確信に

osamu N
Jun 42 min read


【15周年の前哨戦】6月限定「0次回」平和酒造の風
【平和酒造:夏の疾風】 本日、6月1日 7月に迎える15周年の本番を前に、私たちは今月限定の特別な試み「0次回」を始動いたします。 まず結論から申し上げます。 今月は、15年前の創業当時には早すぎた「スペイン料理と日本酒の共鳴」を、極限まで研ぎ澄ました特別コースとして皆様に手渡します。 その理由は、私たちが15年かけて辿り着いた「引き算の美学」が、地元和歌山が誇る平和酒造様の銘酒「紀土」と、今もっとも完璧なペアリングを見せるからです。 料理に飲み物を合わせるのではない。 お客様が手にするグラスの一滴に、私の料理のすべてを合わせる。 先週公言したこのポリシーの真髄を、最も分かりやすい形で表現したのが今回の4つの波長です。 主役となる「夏の疾風」のみずみずしいキレには、丁寧に引いた出汁の旨味や、有田川町様とのご縁で磨き上げた自家製「山椒胡椒」の清涼感をその場で静かにシンクロさせます。 さらには、当店の釣り部副キャプテンが醸した杜氏資格保有者シリーズ「#5」など、この風土だからこそ成し得た4本の物語がカウンターに並びます。 数字としての詳細は以下の通り

osamu N
Jun 12 min read


秘すれば花、開く。エピローグ
【素材が持つ生命力を味わって欲しい】 5月1日から始まった15年の物語に、最後までお付き合いいただき、心から感謝いたします。 なぜ、私がこれほどまでに過去の敗北を曝け出し、長年持った「野菜ソムリエ」の看板を下ろす覚悟までを綴ってきたのか。その理由は、世阿弥が『風姿花伝』で残した、ある一つの言葉にあります。 「秘すれば花、秘せずば花なるべからず」 隠すからこそ、それは美しい花となる。手の内をすべて明かしてしまえば、もはや見る者を感動させる花にはなり得ない。料理の世界も同じです。「これは〇〇産の野菜で、〇〇の技法を使って……」と言葉で飾り立てる「分かりやすさ」は、時に素材が持つ生命力の邪魔になります。 私が野菜ソムリエという知識の鎧を脱ぎ捨てたのは、言葉による説明(秘せずば花)を捨て、一皿の佇まいと、平和酒造さんの酒との共鳴だけで、あなたの魂を揺さぶりたかったからです。 和歌山の風土、命の躍動を皿の上に定着させ、不純物を徹底的に削ぎ落とした「引き算の美学」を貫く。それこそが、私が15年かけて辿り着いた、新しい「野菜家さい」の表現です。...

osamu N
May 282 min read


15年の哲学 / 料理の真髄
【平和酒造:紀土 夏の疾風】 今年の夏で、野菜家さいは15周年を迎えます。 この節目を前に、私はこれまで15年間、厨房の奥底に静かに伏せてきた、ある手法についてお話ししようと思います。 正直に言えば、わざわざ言葉にする必要はないと思っていました。 職人が裏でどれほど手を尽くそうとも、お客様が「美味い」と微笑んでくだされば、それで完結する世界だからです。 しかし、15年という月日を経て、私たちの店が目指す「引き算の美学」の正体を、本物を愛してくださるお客様にしっかりと手渡したいと思うようになりました。 当店には、一言で説明できる「決まったレシピ」が存在しません。 正確に言えば、皿の上に載る素材は同じでも、その味付けの純度はお客様によって変えています。 私はいつも、カウンターの向こうで皆様が何を飲まれているかを、凝視しています。 たとえば、同じスペインの赤ワインであっても、 骨格がしっかりとしたテンプラニーリョ種を楽しまれている方には、肉の余分な脂を限界まで削ぎ落としつつも、ソースにわずかな深みを持たせる。 一方で、華やかな果実味を持つガルナッチャ種

osamu N
May 252 min read


覚悟の決断
【15年持った看板】 3月、私は大きな手放しをした。 2013年に賞をいただき、長年私の代名詞だった「野菜ソムリエ」の冠を捨てる。 愛着も誇りもあった。 けれど、その看板に安住していては、15年前の自分を超えることはできない。 リブランディング それは、自分自身に「未完成」を突きつける儀式だった。 【世阿弥と幽玄】 辿り着いたのは、学生時に研究した世阿弥の「幽玄」だった。 目に見える派手さではなく、余白の中に宿る深い美しさ。 和歌山の豊かな食材、その生命力をどう引き出すか。 言葉で飾る「野菜ソムリエ」としての説明を捨て、一皿の佇まいだけで客の魂を揺さぶる。 そんな表現者としての道を歩み始めた。 【引き算の美学】 かつての私は、何かを足すことで自分を証明しようとしていた。 今は違う。不純物を削ぎ落とし、素材が持つ「生命力」をむき出しにする引き算の美学。 それは、平和酒造さんの酒作りとも共通する精神だ。余計なものを引いた先に残る一滴と一皿の共鳴。 それこそが、私が追い求める究極の姿だった。 【食材の声を聴く】 野菜も、魚も、生きてい

osamu N
May 212 min read


突破口は「海」に。野菜家という名の本当の意味
【料理人を脱ぐ時間】 日に一度、包丁を置いて海へ出る。 300日を海で過ごすプロの釣り師としての自分 。そこには「店主」としての計算も「料理人」としてのプライドもない。 ただ、潮風に吹かれながら魚を追い、最高の状態で仕留める。 この純粋な「好き」の延長線上に、思わぬリベンジのヒントが隠れていた。 【平和酒造との出会い】 釣ったばかりの魚を、平和酒造の酒で流し込む。 和歌山の海、和歌山の水、和歌山の野菜。 それらが細胞レベルで共鳴する感覚。 理屈じゃない、ただただ「美味い」。 15年前、机の上でこねくり回していたペアリングの正解は、店の中ではなく、波止場や船上という「現場」に転がっていた。 【誕生:野菜家さい釣り部】 一人の遊びが、いつの間にか23人の熱狂に変わった。 「野菜家さい釣り部」 オーケストラの奏者から蔵人まで、職業も世代もバラバラな仲間たちが、魚と酒という共通言語で繋がる。 そこにあるのは、かつての店に足りなかった「圧倒的な楽しさ」だった。 この熱量が、店の景色を変え始める。 【ビジネスの壁を壊すもの】 どれだけマーケティングを駆使して

osamu N
May 132 min read


1日10名様、その「限定」に込めた誠実。ランチ営業のご案内
【ランチは一日10名様限定】 和歌山市の片隅で「野菜家さい」が産声を上げてから、この夏で15年。 これまで多くのお客様からお問い合わせをいただいておりました「ランチ営業」について、改めて私たちの想いをお伝えします。 私たちが提供するのは、単なるお昼の食事ではありません。 当店のランチは、「1日10名様限定」という形をとらせていただいております。 なぜ、数を絞るのか。 それは、素材の鮮度と調理の質を、私が納得できる極限まで高めたいからです。 「野菜家」として向き合う地元の瑞々しい野菜、そして和歌山の海がもたらす生命力あふれる魚介。 それら一つひとつの素材が持つ「真価」を引き出すためには、私の目が届く範囲、私の手が届く数でなければならない。 それが、15年という月日を経て辿り着いた、お客様への誠実さの形です。 「和歌山で本当に美味しいランチを、落ち着いた空間で、ゆっくりと愉しみたい」 そんな、日常の中に「静かな贅沢」を求めるお客様の声にお応えするための、特別な枠をご用意しました。 昼も夜も、私たちの掲げる哲学は変わりません。 余計なものを削ぎ落とし、

osamu N
May 112 min read


敗北の記憶とその背景
【15年前の惨敗】 15年前、和歌山で産声を上げた時のコンセプトは「日本酒×スペイン料理」 野菜ソムリエが厳選した素材を地元の名酒で流し込む。 理想は完璧だった。 だが蓋を開ければ惨敗。 少人数のお客様の7割がノンアルコール。 「スペイン料理に日本酒?」という冷ややかな空気に、理想は叩き潰された。 【土俵にすら立てない日々】 和歌山という保守的な土地柄、そもそも日本酒を提案する土俵にすら立てなかった。 団体客は別として、日常的に「酒と料理のペアリング」を楽しむ文化は、当時の私には遠すぎた。 自分の信じる「美味い」が誰にも届かない無力感。 あの時飲み込んだ悔しさが、今も私の指先を動かす原動力だ。 【正解を探し続けた夜】 「早すぎたのか、それとも間違っていたのか」 営業後のカウンターで、一人そんなことばかり考えていた。 和歌山の豊かな食材がある。 平和酒造さんの素晴らしい酒がある。 それなのに繋がらない。 自分の力不足を棚に上げ、土地のせいにしてしまいそうな自分と戦う夜が、創業当時の私の日常だった。 【コロナ禍という更なる逆風】 15年続く道のりには

osamu N
May 72 min read


飾らないことの豊かさについて
良い素材があれば、それ以上何が必要でしょうか。
手を加えるのは、その素材が持つ「声」を届けるための、最低限の橋渡しでいい。

osamu N
Apr 231 min read
bottom of page