秘すれば花、開く。エピローグ
- osamu N

- May 28
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5月1日から始まった15年の物語に、最後までお付き合いいただき、心から感謝いたします。
なぜ、私がこれほどまでに過去の敗北を曝け出し、長年持った「野菜ソムリエ」の看板を下ろす覚悟までを綴ってきたのか。その理由は、世阿弥が『風姿花伝』で残した、ある一つの言葉にあります。
「秘すれば花、秘せずば花なるべからず」
隠すからこそ、それは美しい花となる。手の内をすべて明かしてしまえば、もはや見る者を感動させる花にはなり得ない。料理の世界も同じです。「これは〇〇産の野菜で、〇〇の技法を使って……」と言葉で飾り立てる「分かりやすさ」は、時に素材が持つ生命力の邪魔になります。
私が野菜ソムリエという知識の鎧を脱ぎ捨てたのは、言葉による説明(秘せずば花)を捨て、一皿の佇まいと、平和酒造さんの酒との共鳴だけで、あなたの魂を揺さぶりたかったからです。
和歌山の風土、命の躍動を皿の上に定着させ、不純物を徹底的に削ぎ落とした「引き算の美学」を貫く。それこそが、私が15年かけて辿り着いた、新しい「野菜家さい」の表現です。
これまで内に秘めてきた15年分の葛藤、釣り部で得た歓喜、そして幽玄の思想。そのすべてを、7月の15周年記念祭という舞台で、一気に解き放ちます。隠し続けてきた蕾が、ついに大輪の花を開く瞬間です。
15年前、この街の壁に跳ね返された男の、これが本当の逆転劇。
物語の目撃者であるあなたのために、最高の一皿と、最高の一杯を注ぐ席を開けて待っています。
花が開くその瞬間を、どうか特等席で見届けてください。


