敗北の記憶とその背景
- osamu N

- May 7
- 2 min read

15年前、和歌山で産声を上げた時のコンセプトは「日本酒×スペイン料理」
野菜ソムリエが厳選した素材を地元の名酒で流し込む。
理想は完璧だった。
だが蓋を開ければ惨敗。
少人数のお客様の7割がノンアルコール。
「スペイン料理に日本酒?」という冷ややかな空気に、理想は叩き潰された。

和歌山という保守的な土地柄、そもそも日本酒を提案する土俵にすら立てなかった。
団体客は別として、日常的に「酒と料理のペアリング」を楽しむ文化は、当時の私には遠すぎた。
自分の信じる「美味い」が誰にも届かない無力感。
あの時飲み込んだ悔しさが、今も私の指先を動かす原動力だ。

「早すぎたのか、それとも間違っていたのか」
営業後のカウンターで、一人そんなことばかり考えていた。
和歌山の豊かな食材がある。
平和酒造さんの素晴らしい酒がある。
それなのに繋がらない。
自分の力不足を棚に上げ、土地のせいにしてしまいそうな自分と戦う夜が、創業当時の私の日常だった。

15年続く道のりには、更なる壁もあった。
コロナ禍を経て、世の中の飲酒率はさらに減少。
かつての「日本酒×スペイン料理」という夢は、ますます遠のいたかのように見えた。
それでも、諦めきれなかったのは、あの時の敗北を「ただの失敗」で終わらせたくないという、意地があったからだ。

風向きが変わったのは、趣味の「釣り」だった。
野菜家さい釣り部。そこで仲間たちと、平和酒造の酒を酌み交わす。
理屈抜きに「美味い」と笑い合う瞬間。
あ、これだ。
私が15年前に作りたかった景色は、店の中ではなく、まずは遊びの現場から、熱狂的に、自然に、生まれ始めていた。

釣り部の仲間たちが店に来て、日本酒とスペイン料理のペアリングを「当たり前」に楽しみ始めた。
すると、その熱量は不思議と周りにも伝播していく。
かつてあれほど高かった「ミスマッチの壁」が、純粋なファンの熱狂によって、音を立てて崩れていくのを感じた。
リベンジの足音が聞こえた。

そして今年の3月、私は大きな決断をした。
長年親しまれた「野菜ソムリエ」の冠を捨てた。
リブランディング。
目指すのは、世阿弥が説く「幽玄」の世界。
削ぎ落とした先に宿る、食材の生命力と酒の共鳴。15年前の敗北から始まった物語は、今、本物のリベンジに向かう。
第二章の幕開けだ。


