突破口は「海」に。野菜家という名の本当の意味
- osamu N

- May 13
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日に一度、包丁を置いて海へ出る。
300日を海で過ごすプロの釣り師としての自分
。そこには「店主」としての計算も「料理人」としてのプライドもない。
ただ、潮風に吹かれながら魚を追い、最高の状態で仕留める。
この純粋な「好き」の延長線上に、思わぬリベンジのヒントが隠れていた。

釣ったばかりの魚を、平和酒造の酒で流し込む。
和歌山の海、和歌山の水、和歌山の野菜。
それらが細胞レベルで共鳴する感覚。
理屈じゃない、ただただ「美味い」。
15年前、机の上でこねくり回していたペアリングの正解は、店の中ではなく、波止場や船上という「現場」に転がっていた。

一人の遊びが、いつの間にか23人の熱狂に変わった。
「野菜家さい釣り部」
オーケストラの奏者から蔵人まで、職業も世代もバラバラな仲間たちが、魚と酒という共通言語で繋がる。
そこにあるのは、かつての店に足りなかった「圧倒的な楽しさ」だった。
この熱量が、店の景色を変え始める。

どれだけマーケティングを駆使しても壊せなかった「日本酒×スペイン料理」の壁。
それを壊したのは、釣り部の仲間たちの笑い声だった。
彼らが店で日本酒を酌み交わし、私の料理を楽しみ、その熱が他のお客様へ伝播する。
計算された戦略よりも、純粋な「好き」のエネルギーの方が遥かに強かった。

平和酒造さんの酒を片手に、その日の釣果を囲む夜。
店内に満ちる熱気は、15年前の静かな惨敗とは正反対のものだった。
日本酒は、もう「古いもの」でも「和食のもの」でもない。
最高の遊びを彩る、唯一無二のパートナー。
現場で生まれたこの確信が、私を次のステージへと押し上げた。

遊びの中にこそ、真実がある。
釣りで得た魚の扱い、海で感じた季節の移ろい、そして仲間と共有した酒の旨さ。
それらすべてが野菜家さいの料理に血肉として通い始めた。
15年前の敗北は、私が「遊び」を忘れていたからかもしれない。
潮風に導かれ、ようやく本当の闘い方が見えてきた。

釣り部が生んだ小さな熱狂は、今や店の大きなうねりとなっている。
かつてノンアルコールが7割だった客席に、日本酒のグラスが並ぶ。
この光景を当たり前にした今、私はもう一度、自らの「アイデンティティ」を問い直す必要を感じていた。
守るべきは肩書きか、それとも表現か。


